112 民話 ヒクとカウェル(8.真の愛がヒクを動かす)

(前回からの続き)

悲しみに打ちひしがれるカウェル

カウェルが家の中をのぞいた時、そこは既にもぬけの殻でした(*1)。
ヒクはその家から逃げ出し、ハレアカラ山頂に戻ってしまったのです。

彼に夢中だった彼女の心は、深い悲しみに打ちひしがれていました。

人々は彼女を慰めようと、懸命に優しい言葉をかけます。
しかし、傷つた彼女はそれを聞こうともせず、固く心を閉ざし続けました。

そのうえ、彼女は何一つ食べようとしませんでした。
そして、数日も経たぬうちに、彼女の命はもはや風前のともしびでした。

ヒクが山を駆け下りる


このことをヒクに知らせようと、山頂の彼に使者が送られました。
彼が逃げ出したことこそが、この悲しい出来事の根本原因だからです。

カウェルの危機を知った彼は、驚きと悲しみのなかで山を駆け下りました。

しかし彼が家に着いた時、彼女の体はもはや少しも動きません。
彼は、愛する彼女の遺体の上に、激しく涙を流したのでした。 

「時、既に遅し!」
彼女の魂は既に肉体から抜け出し、ミルが支配する死者の世界に旅立った後でした(*2)。

真の愛がヒクを動かす

彼女の親類縁者や友達は、彼女を見捨てたとして、彼に非難の言葉を浴びせました。
また一方では、その美しい女性への真実の愛が、ヒクの心を強く揺り動かしました。

こうして彼は大胆にも、「死者の世界に下りて行く。」と言う、この上ない危険を冒す決意をしたのでした。

それだけはありません。
もし出来たら「この世に彼女の魂を持ち帰ろう。」と考えたのです。

(次回に続く)
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(注記)
(*1) Thomas G. Thrum(1907): Hawaiian Folk Tales, Ⅴ. Hiku and Kawelu, J.S. Emerson.
(*2) ハワイでは「死者の世界」を「ルア・オ・ミル(Lua-o-Milu)」と呼びます.
そして、その世界の王様がミルです.